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特集|2018.05.25

箱根登山鉄道で振り返る 過去の箱根にタイムスリップ体験

ISSUE

昔から箱根を旅する人々に親しまれてきた箱根登山鉄道は、今年で創業130周年を迎えました。今回は、昭和中期の箱根湯本駅やレトロ感満載の箱根登山ケーブルカーの写真などを紹介します。当時の写真と現在の写真を比較しながら、箱根登山鉄道の歴史を振り返りましょう。

箱根湯本駅の今と昔

現在の箱根湯本駅(上)と小田急電鉄の車両が小田原~箱根湯本間に乗り入れを開始した1950(昭和25)年当時の箱根湯本駅の様子(下)。鉄道のデザインやホームの広さが全然ちがいますね。現在の箱根湯本駅は、コインロッカーやキャリーサービス、売店やエレベーターも設置され、箱根を訪れる観光客にとって、とても便利な駅になりました。

電気鉄道の到来

「箱根登山鉄道」の前身となる「小田原電気鉄道」が開業した1900(明治33)年のもので、酒匂の松林を電気鉄道が走っている様子。道を歩く人々がまだ着物を着ていますね。写真に写る電気鉄道の登場は、馬が鉄路の上の車を引く馬車鉄道が主流だった当時の人々にとって画期的なものでした。箱根地方に近代文化をもたらす重要な出来事だったと言われています。

日本で2番目のケーブルカー

箱根登山鉄道のケーブルカーは、1921(大正10)年に下強羅(現在の強羅)-上強羅(現在の早雲山)間に開業しました。その後、関東大震災や第二次世界大戦の影響で2度にわたり長期の運休を余儀なくされました。現在は、箱根ゴールデン・コースの交通機関として重要な役割を果たしています。開業当時(下)のケーブルカーは、オープンデッキで特等と並等に分かれていました。現在のケーブルカー(上)は、スイス製で観光路線にふさわしい大きな窓が設置されています。

箱根強羅公園の今と昔

箱根登山鉄道とゆかりの深い「箱根強羅公園」の現在(上)と、開園当時の様子(下)。噴水の形は違えど、当時の面影がいまも残っていますね。箱根強羅公園の開園は1914(大正3)年で、箱根登山鉄道の終点となる強羅駅周辺のシンボルとして考えられていました。噴水池を中心に左右対称な地割り構成が特徴で、当時、造園の第一人者と言われていた一色七五郎氏が設計しました。ちなみに現在「箱根クラフトハウス」がある場所には、開園当時プールがあったそうです。

開業当時から変わらないスイッチバック

箱根登山鉄道の名物とも言えるスイッチバック方式。山の斜面を登るために、車両を前後に移動させつつジグザグに進むこの方式は、開業当時から取り入れられてきました。そのころから出山信号場と大平台駅、さらに上大平台信号場の3箇所で行なっています。写真は、現在の上大平台信号場でのスイッチバックの様子と、開業当時に出山信号場で行われたスイッチバックの様子です。ちなみに、スイッチバックは車両の進行方向が逆向きになるため、運転士と車掌が入れ替わるのも特徴です。

早川橋梁の今と昔

                  写真提供:下田組

「早川橋梁」の現在(上)と建設中の様子(下)。「箱根登山鉄道」を開業するにあたって、もっとも困難を極めたのがこの「早川橋梁」の架設工事でした。秋になると周囲の山々が紅葉で真っ赤に染まる通称「出山の鉄橋」は架設の際、川床から架設部までが43メートルにも及び、足場組みを設置するだけでも大変な労力と日数がかかりました。建設中の写真は工事に関わった人たちが鉄橋に登って撮影したもので、足組がまだ残っていますね。「早川橋梁」は、現在も箱根観光名所の1つとして多くの観光客に親しまれています。







2018年5月25日時点の情報です。

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